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福岡地方裁判所直方支部 平成5年(ワ)6号 判決

福岡県〈以下省略〉

原告

右代表者無限責任社員

右訴訟代理人弁護士

庄野孝利

東京都千代田区〈以下省略〉

(送達場所)福岡市〈以下省略〉

被告

Y証券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

主文

被告は、原告に対し、金一九四三万七〇〇〇円及びこれに対する平成三年五月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

一  被告は、原告に対し、金一九四三万七〇〇〇円及びこれに対する平成三年五月二八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行宣言

第二事案の概要

一  主位的請求原因(錯誤)

1  株式及び証券等の売買及びその仲立ちを業とする会社である被告の福岡支店営業部次長Dは、平成三年四月一八日ころ、被告が購入した外貨建ワラント債「Sサンワシャッター3WR9402」(以下「本件ワラント債」という。)を、原告に無断で、帳簿上、原告に売却したことにした上、翌一九日ころ、原告に対し、「本社から割り当てられて困っている。『サンワシャッター』をA社長の許可なく付けました(「売却の帳簿に記入した。」の意味。)ので、四日後に一九四三万七〇〇〇円を入金してくれませんか。三、四日で離して(「売却して」の意味。)必ずお金はお返しします。」と申し入れた。

2  原告は、「サンワシャッター」が、いわゆる「ワラント債」であることを知らずに、株式であると誤解して、Dの前記申し入れを了承し、被告から「サンワシャッター」を購入(原告に対する無断売却の追認)することとし、平成三年四月二三日ころ、右購入代金一九四三万七〇〇〇円を被告福岡支店に振込送金した。

3  原告は、前記のとおり、「サンワシャッター」を、ワラント債とは知らず、株式と誤解して、被告から購入したものであり、「サンワシャッター」がワラント債であることを知っていたならば、被告から「サンワシャッター」を購入することはなかったから、原告と被告間の本件ワラント債取引は、要素の錯誤により無効である。

4  原告は、被告代理人Dに対し、平成四年五月二八日、前記金員の返還の催告をした。

5  従って、被告は、原告に対し、金一九四三万七〇〇〇円及びこれに対する履行遅滞日である平成三年五月二八日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

二  予備的請求原因

1  購入代金返還約束

(一) 被告代理人Dは、本件ワラント債取引の際、原告に対し、「三、四日後に本件ワラント債購入代金を返還する。」旨約した。

(二) 従って、被告は、原告に対し、金一九四三万七〇〇〇円及びこれに対する返済期日後である平成三年五月二八日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

2  被告の不法行為ないしは債務不履行責任

(一) 被告は、証券取引法等の投資家保護の規定を遵守し、顧客に対し、善良な管理者の注意をもって、証券取引勧誘に当たるべき義務があるにもかかわらず、被告代理人Dは、平成三年四月一九日ころ、原告に対し、「サンワシャッター」がワラント債であることを明示せず、また、主位的請求原因1記載のとおり述べて、証券取引法の規定に違反する違法な勧誘を行い、その結果、原告は、平成三年四月二三日、金一九四三万七〇〇〇円を被告福岡支店に振込送金して本件ワラント債を購入した。

(二) 本件ワラント債の権利行使期限は、平成六年二月一日であるが、株価暴落により、本件ワラント債の口頭弁論終結時の取引時価は零であるから、原告は、前記購入代金一九四三万七〇〇〇円の損害を被った。

(三) 原告は、被告代理人Dに対し、平成四年五月二八日、前記金員の返還の催告をした。

(四) 従って、被告は、原告に対し、不法行為ないしは債務不履行による損害賠償として、金一九四三万七〇〇〇円及びこれに対する不法行為後ないしは履行遅滞日である平成三年五月二八日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

3  被告の使用者責任

(一) 仮に、前記Dの違法勧誘が、被告の不法行為ないしは債務不履行と評価されないとしても、Dの本件取引勧誘行為は、被告の業務執行につきなされた。

(二) 従って、被告は、原告に対し、民法七一五条により、原告の被った損害額金一九四三万七〇〇〇円及びこれに対する不法行為後である平成三年五月二八日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

(争いのない事実)

一  被告は、株式及び証券等の売買及びその仲立ちを業とする株式会社である。

二  平成三年四月二三日、原告から被告福岡支店に金一九四三万七〇〇〇円が振込送金された。

三  本件ワラント債の権利行使期限は、平成六年二月一日である。

(争点)

錯誤の成否、原・被告(代理人)間の本件ワラント債購入代金返還約束の有無、被告の不法行為ないしは債務不履行責任の有無、被告の使用者責任の有無、損害額

第三争点に対する判断

一  争いのない事実、甲一、二の一・二、証人D及び原告代表者の各供述並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  原告代表者無限責任社員(以下「E」という。)は、平成三年四月一九日ころ、被告福岡支店営業部次長Dから、「本社から割り当てられて困っていたので、『サンワシャッター』を原告名義で買い付けた。三、四日後に売って必ずお金は返すから、『サンワシャッター』の購入代金一九四三万七〇〇〇円を被告福岡支店に送金してほしい。」旨の電話による申し入れを受けた。

2  Aは、被告福岡支店の営業部次長であるDが、「三、四日後に必ず前記代金額を返済する。」と言ったことや、Dが被告福岡支店営業部に着任した平成二年七月以降の被告福岡支店との同種類の証券取引において、被告福岡支店が原告の信頼を裏切ることはなかったことなどから、Dの言葉を信用し、平成三年四月二三日、被告福岡支店に対し、「サンワシャッター」購入代金一九四三万七〇〇〇円を振込送金した。

3  原告と被告福岡支店との平成二年七月以降の証券取引の態様は、Dが、原告の了承を得ずに、帳簿上、証券を被告から原告に売却したことにした上、右証券をさらに売却し、右売却を終えた時点で、DがEに対し、「利益が出たので、四日以内に証券購入代金を送金してほしい。」旨電話で依頼し、Eが被告福岡支店に右代金を送金するというものであった。

4  なお、Eは、「サンワシャッター」が、いわゆる「ワラント債」であるとは知らずに、株式であると理解していた。

5  Eは、金一九四三万七〇〇〇円を被告福岡支店に振込送金して三、四日経過したころ、Dに対し、約定どおり右金員を支払うよう請求したが、Dから、「『サンワシャッター』の時価が下がっているので、少し待ってほしい。」旨言われた。

6  その後も、Eは、Dに対し、前記購入代金を支払うよう何度も電話で催促したが、そのたびに、同人は、「少し待ってほしい。」というのみで、右金員を支払わなかった。

7  そして、そのうち、Eは、「サンワシャッター」が株式ではなく、ワラント債であることを認識するに至った。

8  本件ワラント債の権利行使期限は、平成六年二月一日であるが、株価暴落により、口頭弁論終結時のワラント債の取引時価は零である。

二  なお、証人Dは、「本件ワラント債取引の際、『サンワシャッター』がワラント債であること、ワラント数、単価、概算金額等を原告に説明した。また、原告に対し、『三、四日以内に儲かるのではないか。』という趣旨のことは言ったことはあるが、『三、四日後に売って必ずお金は返します。』ということは言ったことはない。」旨供述するが、Dの右供述内容は、原告代表者の供述及び甲二の一・二の各記載内容に対比し、真実性に乏しいといわなければならない。

三1  原告は、本件取引契約は、錯誤により無効であると主張する。

2  しかし、被告から「サンワシャッター」という銘柄の証券を購入するという点においては、原告に錯誤はなく、「サンワシャッター」がワラント債であれば、原告が本件取引に応じなかったというのは、動機の錯誤にすぎず、かつ、本件取引の際、右動機が被告に対して表示されていたとはいえないから、原告の右主張は理由がない。

四1  次に、原告は、Dは、被告の代理人として、三、四日中に代金を原告に返還すると約したものであるから、被告は、原告に対し、右代金を返還する義務があると主張する。

2  確かに、前記一で認定した事実によれば、Dは、Eに対し、「三、四日後に売って必ずお金は返しますから、代金一九四三万七〇〇〇円を送金してほしい。」旨述べたことが認められるが、「三、四日後に売って必ずお金は返します。」という発言内容は、あくまで、本件取引勧誘の際、原告に損をさせないという点を強調した表現にすぎないもので、Dが、被告代理人として、原告に対し、金員返還を約した趣旨であるとまではいえない(仮に、Dが被告の代理人として、本件取引代金の返還を約束したものであるとすれば、一方で、被告本社から「サンワシャッター」の割当を受けて困っていると言うDが、他方で、被告代理人として、「サンワシャッター」の代金返還約束をするという矛盾した発言をしたことになる。)。

3  従って、原告の右主張も理由がない。

五  被告の不法行為ないしは債務不履行責任の有無、被告の使用者責任の有無につき検討する。

1  およそ、証券取引は、価格変動により、本来的に損失の危険を伴うものであるから、投資家は、右危険性を十分理解した上で、その自主的判断と責任において、証券取引を行うべきであり、そのようにして、証券取引を行った以上、たとえ右取引により投資家が損害を被ったとしても、原則として、右損害は、投資家自身の負担に帰すべきものである(いわゆる「自己責任の原則」)。

2  しかし、このように、証券取引が投資家自身の自己責任で行われるべきであるということは、証券取引会社の行う投資勧誘方法がいかなるものであっても許されるということを意味するものでなく、証券業務に関し、豊富な知識経験を有し、かつ、資力や情報量においても圧倒的優位に立つ証券会社が、投資家を勧誘し、その委託を受けて業務を遂行するのであるから、証券会社を信頼して証券取引を行う投資家、特に大衆投資家の保護が図られる必要性があることはいうまでもない。

3  そして、投資家保護の見地から、平成三年法律第九六号による改正前の証券取引法五〇条一項一号、三号ないし五号、「証券会社の健全性の準則等に関する省令」一条は、証券会社又はその役員若しくは使用人による断定的判断の提供による勧誘、損失負担・利益保証による勧誘、虚偽の表示又は重要な事項につき誤解を生ぜしめるべき行為等を禁止し、また、大蔵省証券局長通達、財団法人日本証券業協会規則等により、「投資勧誘に際しては、投資者の意向・投資経験及び資力等に最も適した投資が行われるよう十分配慮すること。」といういわゆる「適合性の原則」を始めとして、投資家保護のため、証券取引会社の投資勧誘につき、種々の規制が加えられている。

4  もとより、証券会社の投資勧誘が、公法上の取締法規や営業準則の性質を有する証券取引法等の規定等に違反したからといって、直ちに右勧誘が私法上も違法となるものではないが、証券取引の有する危険性、証券会社の組織・能力及び投資家保護のための法規制等に照らせば、証券会社は、投資家に対し、虚偽の情報や断定的情報等を提供し、あるいは、損失負担・利益保証を約束するなどし、投資家が当該証券取引に伴う損失の危険に関する認識及び判断を妨げるおそれのある方法、すなわち、社会的相当性の範囲を逸脱した方法で投資家を投資取引に勧誘することを回避すべき義務があると解され、右のような方法で証券会社により取引勧誘がなされ、その結果、投資家が証券取引を行い、損害を被ったときは、当該投資勧誘は、私法上も違法性を帯び、右違法な投資勧誘を行った証券会社は、証券会社自体が、投資家に対し、不法行為ないしは債務不履行責任を負い、あるいは、証券会社の従業員が、業務執行に当たり右違法な投資勧誘を行った場合、当該証券会社は民法七一五条の使用者責任を負うというべきである。

5  前記一で認定した事実によれば、本件取引の際、Dは、Eに対し、「サンワシャッター」がワラント債であることを明示しておらず、しかも、Eに対し、購入代金につき三、四日後の返済を保証する趣旨の発言をして本件取引を勧誘しているが、本件取引におけるDの右勧誘方法、特に、右発言は、前記断定的判断の提供、あるいは、損失負担・利益保証による勧誘等の禁止規定に触れるばかりか、その発言内容が購入代金の返済時期を具体的に明示したものであることから、原告をして、被告が元本の保証及びその早期支払を確約したものとの認識を抱かせ、元本の早期支払が保証されているとの安心感から、本件取引の種類やその具体的内容及び本件取引に伴う損失の危険に関する認識・判断はもはや無用のものとしてこれを放棄させる危険性を有するもので、社会的相当性の範囲を大きく逸脱しており、右勧誘により本件取引を行うに至った原告が損害を被った場合、もはや自己責任の原則を働かせる余地はないというべきである。

6  従って、Dの本件取引勧誘行為は、私法上も違法性を帯び、不法行為に該当する。

7  そして、Dの前記違法な取引勧誘行為を被告自身の不法行為あるいは債務不履行と評価するのは困難であるけれども、右勧誘行為は、被告の業務執行につきなされたものであると認められるから、被告は、民法七一五条の使用者責任を負うことになる。

8  前記一で認定した事実によれば、原告は、Dの前記違法な取引勧誘により、本件ワラント債購入代金一九四三万七〇〇〇円の損害を被ったことが認められる。

9  よって、被告は、原告に対し、原告の被った損害金一九四三万七〇〇〇円及びこれに対する不法行為後である平成三年五月二八日から支払済みまで年五分(なお、原告は、商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めているが、不法行為による損害賠償債務は商事債務ではないから、その遅延損害金の割合は民法所定の年五分である。)の割合による遅延損害金を賠償する義務がある。

(裁判官 安達嗣雄)

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